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英国美術の現代史:ターナー賞の歩み展

UK-JAPAN 2008 のご招待で、
森美術館ターナー賞の歩み展のアーティストトークに参加してきました。
先着100名限定、というようなイベントだったのに、
すすーっと一番前の席に座らせてもらいました!
UK-JAPAN事務局さん、ありがとうございました☆

さて、わすれないうちにメモ。(今日は長いですよー)

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【アーティストトーク】
この日は、1993年受賞のレイチェル・ホワイトリード、
そして2001年受賞のマーティン・クリードの両氏によるトーク。

まず一人目、レイチェル・ホワイトリードさんは、
初期の作品から最近のものまでスライドを見せながら、
制作過程のこと、作品に起こった出来事、巻き起こった論議など、
たんたんと丁寧に話してくれました。

型にチョコレートを流し込んできれいなお菓子をつくるように、
家具などに石膏・樹脂・コンクリートを流し込んでつくる作品の数々。
しかしチョコレートとは比べ物にならないスケールの大きさです。

箪笥やテーブル、また部屋全体を型にした作品について彼女は、
子供時代の思い出をきっかけに、制作していると言います。
かくれんぼで箪笥に入ったな、とか、
昔住んでいたのとそっくりな部屋だな、とか。
こうした規模の作品であれば、美術館やギャラリーに展示が可能です。

でも、なんと彼女は家一軒まるごとの形をとった作品も作っているのです!
面白いのは、本当なら家の外からは見えない暖炉などのかたちが、
型(家の壁など)がとりはらわれたコンクリートにははっきりと見て取れること。
内側が外側に」なっているのです。
見覚えがあるのに何かが違う、それは裏返しになっているから!

単に作品の写真を見ただけでは、それはコンクリートの大きなかたまりで、
これのなにがアートか、これのどこかが美しいといえるのか、
そういう感想を持つ人も多いのではないかと思います。
ところが実際に人々がHouseにしたことは、実に愉快。
頼みもしない牛乳が届けられていたり、
FOR SALE(売家)の看板が立てられたり、
スプレーの落書きで会話がされていたり。
Houseを面白がる人々は作品に勝手に参加してしまったんですね。

このHouseという1993年の作品は、
もともと取り壊される予定の家を型にして街中に作ったので、
数週間で撤去され、跡地は公園になっています。
撤去に際して、記念に遊具を設置できないかと交渉したところ
「そこにHouseという作品があった痕跡を残したくないので」却下されたそうです。
しかし何もない公園がのこったことで、
かえって人々の心には「ここにHouseがあった」ことが記憶されたといいます。

更に、彼女は家を型として使う前に、
随所の壁紙、タイル、じゅうたんといったものを写真で記録していました。
ディテイルを見せられると、自然に考えてしまうのは
そこに住んでいた大人、子供、もしかして犬や猫たちのこと。
家が単に取り壊されていたら、一体何人の記憶に残ったかわからないけれど、
こうして作品になって(作品も壊されたけれど)、
ターナー賞で世界中に知られるようになり、
日本の私が今、何故かロンドンの片隅の今はもうない古い家の、
昔の住民について考えています。不思議!

リンク:
作品の写真や作家プロフィールが見られます
BT Series - Rachel Whiteread
Tate Britain | Turner Prize History - Rachel Whiteread

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さて。
Inside out”という言葉、実は
この日二人目の作家マーティン・クリードさんが何度も使っていました。

「僕は、僕が、僕の、、、、えっとじゃあ音楽をきいてください」とか
「、、、、えっとじゃあ映像をみてください」とか

そして見せられた映像は、
真っ白なスタジオにとことことこ、と女の子が歩いてきて、
カメラのまん前で、おえーっ、うぇーっ、ごほっと派手に吐くというもの。
あまりの吐きっぷりに、笑ってしまいました。
たぶん私の親に見せたらdisgustingで片付けられそうだけど(^o^)
意外と、私は見られたな。なんか、吐いていること以外が、きれいで。
バックの白さとか、若い女の子がかわいいとか、なんかね。
あと、潔さもね。

「僕の中は、いつも、感情とか、欲望とか、ごちゃごちゃで、
それは僕の中でスープにうかんでぐるぐる回っているような感じで、
それを外に出すのが作品をつくることで、
吐くという行為は、まさにそれをクリアに表しているんだ、
中にあるものを外に出すというのは、レイチェルと共通すると僕は感じるよ」

と、そんなことを言っていました。
吐いている映像、何故自分で演じなかったのかと質問が出て、
それには

「僕は吐きそうにならなかったんだよね、
それに撮影に集中しなくちゃならないから」

なるほどね!じゃあしょうがない。

ところで、今回展示されているのは
「ライトが点いたり消えたり」という作品。

はじめ私は、「ライト」が作品なんだと思っていました。
ピコピコ系の作品かと。発光ダイオードとかね。
トーク後に展示を見て愕然。ライトさえ、ない!
彼は「ライト」を持ってきて置いたりはせず、
展示室にもともとついている照明器具を点滅させているのです。
その五秒ごとに明るくなったり暗くなったりする
部屋そのものが、作品だったのです。

これについて彼は

「ビーチを歩いてると、波がよせるでしょ、
展示室を歩いてると、ライトが点滅するでしょ、
今思えば、そんなところが好き。
リズムがあって、音楽的な彫刻でもあるんだ」

というようなことを話していました。

製作過程を見せるというのも、テーマの一つで、
例えば犬の映像では、
犬にカメラの前を歩かせるために、
人々が声をかけたり手をたたいたりしています。
(この犬たちかっわいー、私いまデスクトップにしています。)

感情や欲望が湧き上がってきて、
それに対処するためのアイディアが下りてきて、
そして作品づくりが始まるそうです。

「僕の作品は、僕が僕のごちゃごちゃに対処するために必要なもので、
そしてちょっと面白い娯楽みたいなものでもある」

彼のトークは、流暢とは対極にありましたが、内容はとても良かった!
アーティストとしてとても素直で、正直で、非常に好感が持てました。
作品も、おちゃめですよね。
みんなを笑顔にしてくれた、素敵なトークでした。

リンク:
女の子が派手に吐いてる映像とか、犬がとことこ通過する映像とか。
Martin Creed

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【展示室】
印象に残ったものをいくつか。

1994 アントニー・ゴームリー
昔ロンドンでたまたま通りかかったRoyal Accademy of Artsの前庭に
黒い鉄の人が大勢、立ったり座ったり寝転んだり吊るされたり
していたのを思い出します。
当時は現代アートに興味がなかったけど、これは印象に残った。
今回は黒い人二名と、箱の側面に手がたのある浸礼という作品を展示。

1995 デミアン・ハースト
牛の親子がそれぞれ縦にまっぷたつにされ、
ホルマリン漬けになっています。
命の冒涜とか動物虐待とか、
そういうのをひとまず脇へ置いておくためのInfoとして
自然死した牛をつかっているそうです。
表側から見ると、かわいい牛。でも何故水の中に?水族館じゃないのに。
裏側から見ると、うわ!生物の時間にもこんなのは見られない。
今回、左右の水槽の間を通ることができなかったのが
ちょっと残念。いつもそうなのでしょうか。
どうせなら水槽の間にも入れるようにしたらいいのになー。
もうひとつ、たろうのおでかけ的な水玉の絵画も展示。
こちらはかわいい!

1999 スティーヴ・マックィーン
家の前に男が仁王立ち。
すると突然、家の前面の壁が倒れてくる!
男の立っている位置にはちょうど窓の開いた部分があたり、
かすり傷ひとつなく危機一髪、という映像。
一瞬ビクッとする以外、表情も変えず身動きもしないのがエライ。

2003 グレイソン・ペリー
うわぁ!と引き寄せられるようなきらきらきれいな壷。
でも壷に描かれた絵を良く見れば、
大量の棺とか、手放しで喜ぶような内容ではなく。
その中でひとつ「おや、こんなところで会ったね」と思ったのが、
ヘンリー・ダーガーの女の子みたいに、
つまりよぶんな部品がついてる女の子の絵。
同時に、写真の作品も展示。

2007 マーク・ウォリンジャー
熊の着ぐるみを着た人がひたすらうろうろし、
それを見て人々が指を刺したりしている、という映像。
ひたすら、、、。
見ながら考えていたのは、
もし私がJON(犬)みたいなリアル狼の着ぐるみで
地元を長時間ウロウロしたら、
何も悪いことをしなくても通報されるかな?ということ。
はてさて、どう思う?

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長ーいメモ、最後まで読んでくださった方、どうもありがとう。
そして展覧会に行かれた方は是非感想を聞かせてくださいね。

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Comments

こんばんは。

マーティン・クリードさんは
本物の作家さんだと感じました。
村上春樹を想起させるものあります。

Posted by: Tak | 05 May 2008 at 23:37

>Takさま

コメント&TBありがとうございます。

村上春樹ですか!
Takさんの記事を拝読し、ご紹介の本にも興味がわきました。

Martinが、
自分の中がごちゃごちゃであることを白状しつつ、
それでも一生懸命に言葉を選んで、
(非常に少ない言葉で!)話してくれたことが、
なんだか私はとても嬉しかったです。

去年、渋谷清道というアーティストに話をきく機会がありました。
「私はしゃべるのがうまくないし、
作家がこうだといえば、みんなこうとしか見なくなる。
もっとそれぞれに考えて自由に解釈して欲しいから、
アーティストトークはしたくない。」
というようなことをおっしゃっていました。
それをきいたときと同じ嬉しさでした。

Posted by: yuki | 07 May 2008 at 14:44

最近TVでみたキューピーのCM。

福山なんとかがぼさっと立っていて、
背後から家が倒れてくるが、
窓だかドアの穴にはまって無事、という。

これ、スティーヴ・マックィーンの作品そのまんまですね。

キューピーのCMは結構好きですが、
福山なんとかが好きじゃないので、
け!と思ってしまいます。
残念ですな。

Posted by: yuki | 04 September 2009 at 12:58

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